川崎(じもと)の弁護士 伊藤諭 です。
小沢事件に絡む捜査報告書偽造事件で,最高検は田代元検事らを不起訴処分とした上で,懲戒処分をしました。これを受けて田代元検事は辞職をしたそうです。
一応の区切りを付けた格好ではありますが,大阪地検特捜部の証拠偽造事件との比較もあってか,身内に甘いという世論の非難は避けられず,ステージは検察審査会へ上がっていくものと思われます。
ところで,私は本を買うのが趣味なんですが,これらの一連の報道をみて,この本が積ん読されていることを思い出しました。
新刊のときに購入したはずなので,もう2年も本棚の肥やしになってたわけですね。 さっそく(でも何でもないのですが)読んでみました。
同書は,元東京地検特捜部などを歴任した後退官し,現在は弁護士として主にコンプライアンス問題を扱う第一人者です。
構成としては,特捜部に検挙されその後有罪判決が確定した,堀江貴文氏(ライブドア事件),細野祐二氏(キャッツ事件),佐藤優氏(北方領土に関する背任等。いわゆる鈴木宗男事件)の3人との対談方式で,現に当事者として経験した特捜部の内実や問題点などを語りあうという形式を取っています。
ホリエモンは「出る杭」だったのか
2004年ころからホリエモン率いるライブドアは怖いものなしかのような勢いがありました。ホリエモンには,(良かれ悪しかれ)既存のすべての価値観や体制を(金を使って)変えてやるんだというある種の使命感を感じていました。
そうした中,私の記憶にあるのは,当時の特捜部長だった人が,「額に汗して働く」人などが出し抜かれて不公正がまかり通る社会にしてはならない,という発言をしていたことです。これは,どう考えても当時怖いものなしであったホリエモンや,その後の村上ファンドなどを念頭に置いた言葉であったと考えるのが自然で,完全に「出る杭」と評価されてしまったものだろうとおもいます。
この元特捜部長の書いたという文書を見ると,ここまで真正面から見込み捜査をしていることを堂々と宣言するかと,空恐ろしい気持ちになります。
ホリエモンは,村上世彰と異なり,その後の裁判でも正面からけんかを挑みます。その結果は皆さんご承知の通り。この人はずるいとか小賢しいというよりも,いろんな意味で純粋でナイーブな人なんだと思います。
ホリエモンは,本書においてライブドア事件の影響力の大きさや,「お金で買えないものはない。」といった言動に対する誤解などを述べている他,検察には失敗から学ぶシステムがないといった問題点や,「拘置所とは正義には向かう人間を改心させる施設」という入った人ならではの体験談も興味深く読ませていただきました。
さらに,郷原氏がライブドア事件をきっかけに検事を辞めたというびっくりするエピソードもありました。
専門家に耳を貸さない検察官
細野氏の著作は以前に読んだことがあります。当初の印象ではむしろ言い訳がましくみえたのですが,郷原氏の対談という方式をとった本書では,同氏の主張はよく理解できましたし,特捜部の問題点も浮き彫りになりました。
細野氏は公認会計士で,KPMG日本(あずさ監査法人所属)の代表社員であり,当然であるが会計のプロです。
キャッツ事件の主な争点としては,会計の正しさ。有価証券報告書に虚偽の記載をしたかどうかとのことです。
特捜検事に専門家の知見から自己の正当性をいくら主張しても,不合理な否認としか評価されない。その絶望感は察してあまりあります。
私たちが「法律ではこうなっている」といっても理解されない場面(全く緊迫感は違いますが)を想像すると気持ちは非常に理解できます。
なお,細野氏は,起訴前の21日間,毎日弁護人の接見を受けており,これがたいへん励みになったそうです。これは私たちにとって依頼者の生の声としてたいへん参考になりました(もっとも,他方で公判の休憩中に検察官と談笑するのがとてもいやだったと話しております。)。
元被告人からの検察擁護論
佐藤優氏は「外務省のラスプーチン」との異名をもつノンキャリアの元外務省職員でした。この人のデビュー作(といっていいか分からないが),「国家の罠」を読んだとき,その知識と知性の深さや,卓越した寛容さ(表現が正しいかどうかは知らない)に息をのんだことを覚えています。
本書においては,自身の裁判よりも,その当時ホットであった西松献金事件や陸山会事件(本書刊行当時は今と違う盛り上がり方をしていた)を題材に,民主党ファッショに対して,検察擁護論を張る必要性を論じています。要するに,これらの事件では,(当時の評価では)実質的に民主党の勝ちに終わったわけで,これに対して政治として検察に極端なことをやる可能性がある。これに対して擁護する論陣を張ると言うことを考えなければならないといっているのです。
よく読むと同氏の検察庁に対する皮肉が含まれており,興味深いのですが,奇しくも,現在,(おそらくそこまで佐藤氏が予言していたわけではないでしょうが)これらの事件に絡み思わぬ形で特捜部が土俵際に追い込まれ,(明示か黙示かの組織の指示にしたがった)現場の取り調べ担当検事が蔭腹をつめさせられております。
この人は,自身が被告人になるという極限状態において,むしろその後の人生でステップアップを図った,非常に希有な人だとおもいます。海千山千が跋扈する外交においてはこんなにも腹が据わっている必要があるのでしょう。
終わりに
同書は2010年初版ですので,石川議員一審有罪や,小沢一郎強制起訴,前田元検事の証拠偽造,大阪地検特捜部長らの有罪判決,ましてや今回の東京地検特捜部捜査報告書偽造事件は起きていません。
裏を返せば,特捜部を巡ってこのわずか2年の間にこれだけかまびすしい動きがあったということが驚きであり,現在の視点で同じ企画をすると全く別の視点になるのかもしれません。
ただ,当時,現に当事者として関与していたひとびとの話をまとめた本書はある意味(世論が知る前に検察の実態を垣間見たということで)先見性があり,その時に読んでいたら感じたであろうと感想とは全く別のものになっていたという点で興味深い一冊です。