川崎の弁護士伊藤諭です。
かねてから業界の注目を集めていた最高裁判決が出ました。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85714
事案のあらまし
事案の概要はおおむねつぎのとおり
A(大正5年生まれ)とY1(大正11年生まれ)は夫婦。
夫婦にはY2を含む4人の子供がいて、全員独立している。
Y2の妻Bが、横浜から愛知県のA宅近くに転居して、A宅に毎日通い、Y1によるAの介護の補助をしていた。
Y1自身も要介護1の認定を受けている。
Aは認知症が進み最終的には要介護4の認定を受けた。
平成19年12月7日、Bが玄関先でAの排尿の処理をして、AとY1が2人きりになったとき、Y1がまどろんでいる隙に、Aが抜け出した。
Aは電車に乗って別の駅に行き、その駅で排尿のためホーム下に降りたところ、列車に衝突してAが死亡した。
最高裁の判断
法定の監督義務者といえるか
原則として、法定の監督義務者が責任を負います。
民法714条1項は責任無能力者が他人に損害を加えたときは、法定の監督義務者が損害賠償責任を負う。
法定の監督義務者とは、たとえば精神保健福祉法における保護者や禁治産者に対する後見人があげられる。
しかし保護者について自傷他害防止義務が廃止されている、現在の成年後見人は現実の介護や被後見人の行動を監督する義務がない、ことから法定の監督義務者とはいえない。
夫婦についても、互いに扶助する義務があるだけで、第三者との関係で監督する義務があるわけではないことから、同居の配偶者というだけでは法定の監督義務者とはいえない。
法定の監督義務者でなくても責任があるか
ところが、法定の監督義務者に該当しない者であっても,
①責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,
②第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えている
などその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,
衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである。
と言っています。
その上で、Y1については、自分自身が要介護1の状態であってBの補助を受けて介護をしていた状況からすると、Aの監督が現実に可能な状況にはなかった、と上の②を否定しています。
Y2については、20年以上Aと同居していなかったこと、自分自身は1か月に3回程度Aを訪ねていたに過ぎないことから、おそらく①も②も否定しています。
結論として、Y1、Y2いずれに対しても請求を退けるということになりました。
最高裁は介護者の苦労を理解して救ったのか
ネット上では、「介護の苦労を分かってくれた!」「介護している人間に責任を負わせるのはやはりおかしかったんだ!」という声があります。
この評価は正しいのでしょうか?
今回の最高裁の基準は、上に書いた①や②の事情が認められるような場合には「法定の監督義務者に準ずべき者」として損害賠償責任があるとしています。
今回、Y2はともかく、Y1は同居している妻ですので、自分自身が健康で献身的に介護をしていれば、この基準によればおそらく責任が認められた可能性が高いとおもいます。
さらに、今回対象になっていませんが、おそらくもっとも献身的な介護をしていたY2の妻であるBが被告になっていたら、この人の責任が認められていたかも知れません。
このように、今回の結論は、介護者の苦労を理解して請求を退けたのではなく、Y1、Y2が現実に介護しているという評価ができないから退けたんだ、という評価の方が適切なように思います。
現実に介護に苦労されている方の大半は、この基準でいうと責任が認められてしまうことになると思います。
では、不当な判決なのか
このように書くと、私がこの判決を不当だと評価していると思われるかも知れませんが、決してそうではありません。
今回の請求は、JRの列車が遅れた損害の請求なのであまり同情を集めないのだと思いますが、たとえば認知症の方が誰か他人を怪我させたり死なせたりしてしまった場合にもこの基準が適用になるのです。
責任が認められなければ、被害者の損害は誰にも請求できなくなってしまいます。
その意味で、責任が認められる基準をある程度明確にしたというこの判決には意義があると考えています。
被害者救済という観点では、保険制度の充実が必要なんでしょうね(現状でも賠償責任保険はあります。)。
JR事件の最高裁判決は介護者にとって本当に福音になるのか?https://www.s-dori-law.com/sdoriblog/ito/884
Posted by 市役所通り法律事務所 on 2016年3月1日
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