事案の概要と事実経過
本件は、被上告人(原告)であるXが、上告人らである被告Yら(Y1〜Y3)に対し、土地建物(以下「本件不動産」という。)について、YらのXに対する上告人Y1及び原審控訴人Bへの持分移転登記請求権が存在しないことの確認等を求めた事案です。
問題の所在
(問題の前提1)Yらの相続回復請求権が消滅時効期間満了前であること
相続回復請求権(民法884条)は、「相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないとき」又は「相続開始の時から二十年を経過したとき」、「時効によって消滅」します。
(問題の前提2)Xによる時効取得の可能性?
他方、Xは、平成16年2月14日以降、本件不動産を善意無過失で占有していることから、本件不動産のY1及びB持分を時効取得(民法162条2項)することが一見すると可能です。
(問題の所在)表見相続人は、相続回復請求権の時効消滅前でも時効取得を主張することができるか。
Y1及びBも本件不動産の割合的包括遺贈を受けたことから、Y1及びBの持分部分については、無権利者(=相続権が侵害されている状態)となり、表見相続人に該当します。そして、Aの相続開始から20年を経過していませんので、Yらの相続回復請求権は時効消滅前です。このような状況下において、Xは、時効取得により本件不動産を取得することができるかが問題となりました。
第八百八十四条 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。
裁判所の判断
下級審の判断
一審、二審とも、Xは、Y1及びBの相続回復請求権が時効で消える前であっても、本件不動産を時効取得することができると判断しました。よって、Xの勝訴。
最高裁の判断
最高裁も、「上記表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができるものと解するのが相当である」として下級審の判断を是認しました。
解説
それまで実務上も学説上も肯否が分かれた論点だった。
それまで、表見相続人が、真正相続人の有する相続回復請求権の時効消滅前に、取得時効により遺産を取得できるかとの点について、肯定する裁判例や学説と否定する裁判例や学説とがあり、判断が分かれていました。
肯定説(=時効取得が可能とする考え方)の理由
①時効取得と消滅時効とは、同じ「時効」という制度ではあるものの、その効果も異なり、別の制度であるから、消滅時効の完成前に時効取得が完成することは何ら不自然なことではない
②相続回復請求権は、自身に相続権がないことを知らず、そのことに合理的な理由がある表見相続人の保護のため、短期の消滅時効が定められたとするのが趣旨であると考えれば、相続回復請求権の消滅時効前には時効取得を認めないとするのは、時効取得が認められ得る状態になったにもかかわらずこれを覆滅させることを認めることとなり、かえって相続権の帰属等を終局的に解決させることを長引かせてしまい、法の趣旨に反する
などを理由として、時効取得が可能とする学説や裁判例がありました。
否定説(=時効取得を不可とする考え方)の理由
①法が相続回復請求権につき特別の時効期間を定めたものであるから、時効取得は認めない
ことを理由に、否定した古い裁判例がありました。
最高裁の理由付け
最高裁は、次のように述べました。
民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効と同法162条所定の所有権の取得時効とは要件及び効果を異にする別個の制度であって、特別法と一般法の関係にあるとは解されない。また、民法その他の法令において、相続回復請求の相手方である表見相続人が、上記消滅時効が完成する前に、相続回復請求権を有する真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられる旨を定めた規定は存しない。そして、民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させることにある(最高裁昭和48年(オ)第854号同53年12月20日大法廷判決・民集32巻9号1674頁参照)ところ、上記表見相続人が同法162条所定の時効取得の要件を満たしたにもかかわらず、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成していないことにより、当該真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられると解することは、上記の趣旨に整合しないものというべきである。
最高裁の理由付けは、上記肯定説がこれまで述べてきた理由をほぼそのまま述べたものです。しかし、その結果、長らく肯否が分かれていた論点に終止符が打たれたのです。
まとめ
今回の最高裁判決により、表見相続人は、真正相続人の相続回復請求権が消滅時効にかかる前でも遺産についての自身の時効取得の主張ができることが明らかにされました。今回のこの判例は、実務上も学説上も重要な判断といえるでしょう。
今回出てきた「相続回復請求権」という単語は、あまり耳慣れないものかとは思います。
とはいえ、相続では、「うちは家族仲が良いから相続で揉めることなんてないよ。」と思っていても、思わぬことがきっかけで揉めてしまうこともあり得ます。
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