居住用のマンションや事業用ビルなどの区分所有建物については、建物の区分所有等に関する法律(建物区分所有法)によって規定されています。
建物区分所有法第1条では、一棟の建物について、構造上の独立性があり、かつ、利用上の独立性があるとき、その各部分を所有権の目的とすることができると定められており、この所有権が区分所有権といわれるものです。
「構造上の独立性」とは、一棟の建物に構造上区分された数個の部分であり、「利用上の独立性」とは、独立して住居、店舗、事務所、倉庫など建物としての用に供することができるものを意味します。
また、建物区分所有法第3条により、区分所有者は、区分所有者全員で建物ならびにその敷地・附属施設の管理を行うための団体を構成することができます。
一般的に居住用マンションにおいて〇〇管理組合などと呼ばれるものは、この「団体」に当たります。
この管理組合は強制加入団体であるため、区分所有者が任意に参加したり、参加しなかったり、あるいは脱退したりすることはできません。
区分所有権の対象となる建物の部分は「専有部分」であるのに対し、専有部分以外の建物の部分および専有部分に属しない建物の付属物は「共有部分」として、区分所有者全員または一部の共有となります。
共有部分の持分割合は、専有部分の床面積の割合によって決められ、区分所有者は共有部分に関する共有持分権を区分所有権と一緒にしか処分することができません。
さて、今回は、そんな共有部分の瑕疵を原因として生じた漏水事故をめぐり、区分所有者の1人が管理組合に対して損害賠償請求ができるか否かが争われた事件をご紹介します。
損害賠償等請求事件・東京地裁令和4.12.27判決
事案の概要
本件は、区分所有建物である共同住宅の区分所有者の1人で203号室に居住するXさんが、上階からの漏水事故が発生したと主張して、
≪上階の302号室の区分所有者で同室に居住するY1さん≫に対して、
・工作物責任(民法717条1項本文若しくは同項ただし書)に基づく損害賠償請求として、203号室の補修費用、同室の資産価値下落分の補償金の支払いなどを求めるとともに
≪本件建物の区分所有者全員で構成され、本件建物を管理するY2組合≫に対して、
・工作物責任(民法717条1項本文若しくは同項ただし書)に基づく損害賠償請求として、賠償金の支払いなど求めた事案です。
民法第717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
1 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
2 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。
事実の経過
XさんとY1さん、Y2組合の関係
Xさんは、本件建物2階の203号室の963/1000の割合の持分を有し、同室に居住していました。
他方、Y1さんは、本件建物3階の302号室の区分所有権を有し、同室に居住していました。
そして、Y2組合は、本件建物の区分所有者全員で構成され、本件建物並びにその敷地及び付属施設の管理を行う法人格のない団体でした。
管理規約の定め
Y2組合の管理規約には、本件建物並びにその敷地及び付属施設を「対象物件」として、次の定めがありました。
なお、本件規約別表第2によれば、建物部分のうち、主体構造部及びバルコニーは共用部分に含まれていました。
また、本件規約別表第3によれば、バルコニーは、その付属する専有部分の区分所有者・占有者に専用使用権がありました。
Y1さんによる302号室のリフォーム工事の実施
Y1さんは、平成20年10月頃から同年12月頃までの間に、302号室の内装材全般を更新し設備機器全般を交換するリフォーム工事を行い、その際、本件バルコニーに設置されている給湯器を交換しました。
この工事に際して、Y1さんは、平成20年9月11日頃、Y2組合による本件建物の管理業務を代行する管理会社に対し、「リフォーム施工申請書」と題する書面を差し入れ、その中で、Y2組合及び管理会社に対して、302号室のリフォーム工事施工に基づいて生ずる第三者の損害について自己の責任と費用負担において調査及び処理・解決する義務を負う旨を誓約しました(本件誓約)。
本件漏水事故の発生
第1漏水事故の発生
平成25年10月26日、203号室内の本件寝室の北西隅の天井から漏水(第1漏水事故)が発生しました。
平成25年10月27日、Y2組合の発注を受けたB社が同室及び302号室を検査すると、本件バルコニーの給湯器が雨ざらしであり、給湯管の壁貫通部が湿っていたことから、同給湯管の壁貫通部から雨水が侵入した可能性があるとの結論になりました。
このため、同年12月3日、Y2組合の発注を受けたC社は、本件バルコニーに設置されている給湯管の壁貫通部の補修工事を実施しました。
第2漏水事故の発生
平成26年6月7日、本件寝室の北西隅の天井から2度目の漏水(第2漏水事故)が発生しました。
E社は、Y2組合の発注を受けて、同月16日、本件バルコニー掃き出しサッシ水切り皿下シールの打ち替えを実施し、同年7月10日に本件バルコニー給湯器の給水・給湯・ガス管廻りのシーリング工事を実施しました。
第3・第4漏水事故の発生
平成26年10月6日、本件寝室の北西隅の天井から3度目の漏水(第3漏水事故)が発生し、平成27年3月10日には、本件寝室の北西隅の天井から4度目の漏水(第4漏水事故)が発生しました。
平成27年8月2日、Y 2組合の発注を受け、D社は、203号室の漏水亀裂部からガスを送入し上階においてそのガスが排出される地点を特定する方法により浸水箇所を特定する調査を実施したところ、302号室の外壁面の給湯器配管貫通部廻り及びコンセントボックス廻り等からガスが検知されたことから、同社は、本件事故に係る浸水箇所が同給湯器配管の壁貫通部及びコンセントボックス廻りであると判断し、両箇所に新たなシーリング材を充填して補修しました。
また、その後、平成27年10月3日、302号室外壁面に散水試験を実施したところ、再び本件寝室内で漏水が発生したことから、同年11月10日頃、D社は、302号室の外壁面の調査を実施し、平成28年6月5日に給湯器裏側の壁面に防水剤を塗布した上で、同月10日に同給湯器の上部に庇を設置しました。
訴えの提起
その後、Xさんは、平成30年9月3日、Y1さん及びY2組合を相手として、東京簡易裁判所に調停を申し立てましたが、平成31年4月24日、同調停は不成立となりました。
そこで、Xさんは、令和元年5月24日、
≪上階の302号室の区分所有者で同室に居住するY1さん≫に対して、工作物責任(民法717条1項本文若しくは同項ただし書)に基づく損害賠償請求として、203号室の補修費用、同室の資産価値下落分の補償金の支払いなどを求めるとともに
≪本件建物の区分所有者全員で構成され本件建物を管理するY2組合≫に対して、工作物責任(民法717条1項本文若しくは同項ただし書)に基づく損害賠償請求として、賠償金の支払いなど求める訴えを提起しました。
争点
本件では、区分所有者全員で構成され本件建物を管理するY2組合がXさんに対して損害賠償義務を負うか、特に問題となりました。
この他にも、本件漏水事故の原因やY1さんXさんに対して単独占有者としての責任を負うか否か、損害の額なども問題となりましたが、本解説では省略します。
本判決の要旨
Y2組合がXさんに対して損害賠償責任を負うか(総論)
上記説示のとおり、本件建物の北側外壁のコンクリート躯体部分は、本件建物の区分所有者全員が占有しているものであり、その部分に存する隙間ないし亀裂を放置している以上、占有者である本件建物の区分所有者全員に保存の瑕疵があるものといわざるを得ない。そうすると、本件建物の区分所有者全員が、Xさんに対し、不真正連帯債務の形で民法717条1項本文に基づく損害賠償債務を負うものと解すべきである。
民法717条1項本文に損害賠償責任の成否
区分所有建物の区分所有者が、区分所有者全員からなる組合を構成する目的には、区分所有建物の共有部分の管理・修繕のみならず、権利関係が複雑化することを防ぐべく、共用部分の使用により生じる権利義務関係の処理を組合に一本化することがあると考えられ、当該目的を達成するために、区分所有建物の区分所有者は、集会での決議や組合の管理規約において、その方法や範囲を定めるものであると解される。そうすると、区分所有建物の区分所有者全員からなる管理組合の管理規約に、同組合が共用部分を管理し、その修繕を同組合の負担において行う旨の定めがあるときは、この定めは、区分所有者全員が、同組合に対し、共用部分の保存の瑕疵により第三者が損害を被った場合に発生することとなる民法717条1項に基づく損害賠償債務について、それを履行する権限を付与するという趣旨を含むものと解するのが相当である。
本件の検討
前記事実関係によれば、本件規約31条は、Y2組合がその管理する共用部分の修繕を行うものとし、20条は、共用部分の管理を被告組合がその負担においてこれを行う旨を定めていることが認められるところ、これらの定めによれば、共用部分の管理・修繕は、Y2組合の負担においてこれを行うものとされ、負担の時期及び負担額に制限を設けていない。
以上からすれば、被害者が本件建物の区分所有者に対して共用部分の工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めた際に、Y2組合が当該債務全額を履行する権限を付与されたものと認めることができる。
そうすると、Xさんは、区分所有者全員が占有する共用部分の設置管理の瑕疵により生じた本件事故に関し、Y2組合に対して民法717条1項本文に基づく損害賠償請求をすることができるものと解すべきである。
そして、前記のとおり、本件事故の原因箇所は共用部分であるコンクリート躯体部分の隙間ないし亀裂であり、保存の瑕疵があったということができることからすれば、Y2組合は、Xさんに対し、民法717条1項本文に基づいて、本件事故と相当因果関係のある損害につきその賠償義務を履行する義務を負うものというべきである。
Xさんの主張はこの趣旨をいうものとして理由がある。
結論
裁判所は、以上の検討より、区分所有者全員で構成され本件建物を管理するY2組合は、民法717条1項本文に基づいて、Xさんに対し、本件漏水事故と相当因果関係のある損害について賠償義務を負うと判断しました。
ポイント
何が問題になったか?
本件は、区分所有建物である共同住宅の区分所有者で203号室に居住するXさんが、上階からの漏水事故が発生したとして、上階の区分所有者で302号室に居住するY1さん及び区分所有者全員で構成される管理組合Y2に対して、工作物責任に基づく損害賠償請求等を求めた事案でした。
争点は多岐にわたりましたが、中でも、“区分所有者の1人が、区分所有建物の共有部分の瑕疵を原因として、区分所有者全員で構成される建物の管理組合に対して、工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めることができるか否か”が特に問題となりました。
工作物責任とは?
民法717条は、第三者に危害を及ぼす危険のある土地の工作物を所持・管理している者は、当該工作物から生じた損害について責任を負うべきであるとして、占有者及び所有者の責任を定めています。
具体的には、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることにより他人に損害が生じた時は、第一次的に工作物の占有者が被害者に対して損害を賠償する責任を負います。
ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害賠償をしなければならないとされています。
なお、所有者は、占有者が免責された場合の二次的責任となりますが、占有者とは異なり、損害の発生を防止するのに必要な注意をしていたとしても免責されることはありません。
本判決のポイント
裁判所は、区分所有建物の区分所有者全員からなる管理組合の管理規約に、同組合が共有部分を管理し、その修繕を同組合の負担において行う旨の定めがあるときは、この定めは、区分所有者全員が、同組合に対して、共有部分の保存の瑕疵により第三者が損害を被った場合に発生する民法717条1項に基づく損害賠償債務について、これを履行する権限を付与する趣旨を含むものと解するのが相当であるとしています。
そして、本件では、本件建物の管理規約において、共有部分の管理・修繕はY2組合の負担においてこれを行うものとされ、かつ、負担の時期及び負担額に制限を設けていないことから、本件建物の区分所有者らがY2組合に対して、被害者が区分所に対して共有部分の工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めた場合、Y2組合が当該債務全額を履行する権限を付与したものと解釈しています。
この結果、区分所有者全員が占有する共有部分の設置管理の瑕疵により生じた本件漏水事故について、Y2組合は、民法717条1項本文に基づいて、本件漏水事故と相当因果関係のある損害について、Xさんに対して賠償義務があると判断されています。
本判決の意義
現実的な問題として、区分所有建物の共有部分の瑕疵を原因として被害を被った第三者が各区分所有者全員を相手方として損害の賠償を求めることは困難です。
これに対して、本判決は、管理規約の規定に根拠を置きつつ、区分所有者らが管理組合に対して債務全額を履行する権限を付与したものと解釈し、管理組合に対して工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めることができ得ることを示した点において非常に大きな意義があるといえます。
弁護士にもご相談ください
建物区分所有法では、区分所有建物の共有部分の管理について、集会の決議により決することとされているほか、共有部分の変更は、その形状または効用の著しい変更を伴わないときを除き、区分所有者および議決権の各4分の3以上の多数による集会の決議で決するとされています。
また、共有部分の管理・変更が専有部分の使用に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならないとされています。
さらに、建物の建て替えについては、区分所有者および議決権の各5分の4以上の多数による集会の決議で行うことができるとされています。
このように、共有部分の管理・変更や建て替えなどについては、建物区分所有法において詳細な規定がなされていますが、多くの区分所有建物では、集会決議が十分になされないまま共有部分の変更等がなされてしまっているケースが散見されます。
しかし、仮に区分所有建物の設置上の瑕疵などによって、第三者に損害が生じた場合には、区分所有者として、当該第三者に対して損害賠償責任が生じる場合もあります。
区分所有建物の維持・管理等についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。